迫りくる壁の恐怖 ガス室への道

安楽死の仮面を被った殺処分

ガス室での殺処分は安楽死ではありません。

眠るように死ぬと思うのは大きな間違いです。

 

人間も息が出来なかったら苦しむはずです。

犬も猫も同じようにもがき苦しみながら手足をバタつかせて死んでいきます。

 

ここでは、罪なき動物たちが、どのような経緯で殺処分されてしまうのかを、

テレビ朝日スーパーモーニングでの特集から抜粋いたします。

 

たとえ著作権だの違法だのと非難されても、

当時の放送を日本の全国民が観ていたわけではないですし、

方法は間違っているかもしれませんが、殺処分の現状を発信いたします。

 

記事内の動物すべて、この世での最後の姿でもあります。

 

※画像 テレビ朝日スーパーモーニングより引用

動物愛護センターにはガス室が存在する。

彼らはどこから、そして何故ここへやってきたのか。

銀色の板に囲まれた不気味な車・・・

不要ペット回収車といわれる車。

全国でおよそ40の地域に存在するという。

回収車は無料であらかじめ決められた場所を回り、

そこへ近くの住民がペットを持ち込む。

 

一組の夫婦がトラックに近付き持ち込んだのは・・・

生後まもない子猫

慣れた手つきでまるで品物のように子猫を放り込む。

ダンボールに入れた子猫を持ち込む男性。

まるでゴミ感覚。命を扱っているという気配は微塵も感じられない。

回収車へ入れようとすると必死で威嚇、抵抗する子猫。

あまりにも小さすぎる体は職員によって一瞬で捕らえられ、

いとも簡単に回収車の中へ放り込まれてしまう。

 

小さすぎる体で威嚇し、抵抗するのがどれほどのエネルギーなのか、

殺されまいと自分の命を守ろうとする子猫が

この男性の目にはどのように映るのか。

不要ペット回収車。

「不要」とはいったい誰が決めるのか。

 

この世に生あるものすべて、人間であろうと動物であろうと不要な命などひとつもありはしない。

 

不要ペットとして一日に持ち込まれる数、実に100匹以上。

ペット回収車があるから捨てる人間が増えるのか・・・

ペットを捨てる人間がいるからペット回収をするのか・・・

回収された犬と猫は次々と処分される。その数、年間約39万頭。

一日に殺される数は1000頭といわれている。

 

家にいついた野良猫が赤ちゃんを産んだからという理由で

命の大切さなど微塵も感じられない鬼畜人間。

笑いながら話せる神経に首を傾げざるを得ない。

エサ代が大変だと言いながら自分はどれほどの贅沢をしているのか。

 

「生かしといたってしょうがない」・・・?

人間が決めることではない。

 

水虫になったという理由で捨てられる命。

身勝手な理由で処分という結論を出す飼い主に飼われた不憫な命。

処分されようとされまいと、一切の関心を示さない人間だからこそ

簡単に命を捨てることが出来るのだろう。

生まれて間もない子猫が人間の身勝手で殺される。

これから何年も生きられる命の灯を人間が勝手に消してしまう。

好き嫌いで命を奪う権利は人間にはない。

この日一日で5個所を回るという回収車。

一匹の大きな犬が男性に連れられてやってきた。

飼い主に9年間飼われていたおとなしい犬。

 

名前は「モモ」

金銭的理由で飼えなくなったと言う。

年間も一緒に暮らしながらなぜ捨てるという結論に至るのか。

親戚、知人、友人に譲渡できる術はないかを相談する、あるいは里親探し・・・

飼養が困難ならば、他にいくらでも方法はあるはず。

 

人間の食事代や娯楽費はあるのだろう。

人間は何でも自由に食べられる。

自分が食べる分を動物たちに向けてやればいい。

自分の娯楽費を動物の飼養費に充ててやればいい。

 

それが出来ないのならば安易に飼ってはいけない。

おとなしいモモ。

飼い主の手で回収車へ押し込められて、とまどいを見せるモモ。

 

飼い主の手で…

飼い主の手で…

飼い主の手で…

飼い主の手で…

 

自分を置き去りにして立ち去る飼い主の後姿を

いつまでもいつまでも見つめるモモ。

 

モモを乗せた回収車は、無情にも家とは正反対の方向へ走り出す。

 

 

こうしてガス室へ

心無き飼い主から見捨てられ、「不要」という理由だけで

殺される以外に進むべき道を選択できない動物たちが送り込まれるのが

動物愛護センター。

 

このセンターには一週間で200頭を超える犬と猫が運び込まれる。

猫はひとつの部屋に、犬はいくつかの部屋に分けて入れられる。
部屋にはそれぞれ曜日の札がかけられ一日ずつ隣の部屋へ移動し、
一週間の間に里親が見つからなければ殺されてしまう。

最後のその時まで、少しでも良い環境で生活させたいと、
部屋の掃除や身の回りの世話をする職員。

31年間もの間、動物たちの世話をしている。
30年以上もこうした殺処分が続けられていたことは異常とも思える。
切ない胸の内を、静かなる怒りを秘めて語る職員。

「みんな、安易な気持ちで飼うからこうなっちゃう。みんな身勝手なんですよ」

「動かなくなったら、今まで家族同様にしてたんなら、
最期まで看取ってやればいいじゃないですか」

「最期まで看取ってどっかの柿の木の下でも埋めてやってもいいじゃない。」

新しい家族との出会いを、彼らは待つ・・・

新しい家族と出会えるのは、全体のわずか1%程度。
センターに収容されたほとんどの犬と猫は処分されてしまう。

ボランティアや里親探しでかろうじて救える命がある一方で、
処分されるすべての命を救うことが出来ない。

飼い主が次から次へと飼養拒否をするためである。

避妊手術をせずに放置し、増えて困るという理由で持ち込む飼い主。

笑える余裕がある。

まるで他人事のように。

職員は絞り出すように嘆く。

「なんで、もっとちゃんと面倒みてやれないのか」

 

「自分が老いた時に捨てられたらどんな気がする︖犬だって一緒だよ。
そこんところわかってあげないと、動物飼う資格ないよ」

そして運命の時・・・

職員がスイッチを押すと壁が動き出す。
もう後戻りは出来ない。
壁が強制的に彼らをガス室へと追い込む。
最後のスイッチを押すのも職員の仕事なのだ。
※スーパーモーニングより

職員のこの手がたとえようもなく恐ろしく感じる。

迫りくる壁。

逃げ場がないことを本能で感じるのか、
やりきれないほどの悲しげな表情を見せる。

本能的に死を感じながらも動物たちは

「まさか人間が自分を殺すはずがない」

最期までそう信じて疑わない。

怒りをこらえ涙ながらに訴える職員。

「俺がやらなくても誰かがやるわけでしょ︖

こんな嫌な仕事をさ、やりたくないよ誰だって。

だから、それも飼い主さんがさ、

最後まで家族の一員として飼ってくれれば

こういうことしなくてもいい時代になるんだよ。」

奥にあるガス室は通称こう呼ばれているという。

モモも明日、ドリームボックスへ入る。

他の犬が悲鳴にも似た声をあげる中、モモは静かだった。

これが、この世でのモモの最後の姿である。

まだまだ元気で生きられたであろうモモ・・・

最期のモモの目は何を言わんとしているのか…

一日に1000頭の「モモ」がドリームボックスへ入れられる。

 

センターの職員の言葉が突き刺さります。

「最後まで家族の一員として飼ってくれれば、
こういうことしなくてもいい時代になるんだよ。」

ここで投稿した画像の犬も猫も全員この世にはいません。

おとなしくて温厚な性格の「モモ」
とても賢そうで可愛い犬でしたが、罪なくして殺されてしまいました。

本来ならば、もっともっと元気で楽しく生きることができたであろう動物たちを
すべて飼い主自らの手で葬っているのです︕

モモを捨てた男性の、いえ・・・ 小さな命をその手で殺した人間すべてに
何らかの形で天罰が下ることを願って止みません。

誰かがこんなことを話していました。
動物は人間のために役に立ってくれるのに、人間は動物の役には立ってくれない。

・・・と。